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Bagpipes バグパイプ バグパイプという楽器は、 スコットランドで行われるエディンバラ国際フェスティバルのミリタリータゥー、ブリューゲルの「農民の踊り」の絵の中にも登場しますが、ヨーロッパでは昔からある楽器なのでしょうか。 また、羊毛から作られるキルトで有名なスコットランドと羊毛産業が盛んだったフランドル地方の共通点である、「羊毛」と何か関係があるのでしょうか。 バグパイプと羊毛産業は、歴史的に密接な関係があります。 バグパイプは、袋(Bag)と複数のパイプ(Pipe)で構成された独特な構造を持つ楽器です。息を吹き込んで袋に空気を溜め、その圧力を利用してパイプから音を出す仕組みです。 バグパイプは、3000年以上もの歴史を持つと言われています。もともとは中東の牧民の楽器だったようです。そこからヨーロッパ各地に広まり、スコットランドで特に発展しました。 バグパイプの演奏に使われる袋は、羊の皮で作られることが多く、羊毛産業はバグパイプの素材を供給する役割を担っていました。羊毛は、バグパイプの袋だけでなく、衣服や他の製品の素材としても使用され、地域経済を支えていました。 また、羊毛産業は、バグパイプの演奏文化が発展したスコットランドやアイルランドなどの地域で重要な産業でした。 中世ヨーロッパでは、羊毛は重要な貿易品であり、毛織物工業は主要産業でした。バグパイプは、これらの地域で、祭りや儀式などで演奏され、羊毛産業と文化的な繋がりが深かったと考えられます。 バグパイプは、スコットランドやアイルランドを中心に、ヨーロッパ各地で演奏されてきました。特に、スコットランドでは、バグパイプが軍隊や儀式で重要な役割を果たし、国民的な楽器として広く親しまれてきました。 羊毛産業とバグパイプ演奏文化は、地域社会において互いに影響を与え合いながら発展してきました。羊毛産業は、バグパイプの素材を供給し、バグパイプは、羊毛産業が盛んな地域の文化的な象徴として存在しました。 バグパイプは、その歴史と独特な音色で、世界中の人々を魅了し続けている楽器です。そして、 現在は、サッカーのスコットランド代表の試合の応援にバグパイプが使用されています。 ※ ユーロ2024でバグパイプが復活…UEFAが条件付きでスタジアムへの楽器持ち込みを許可 - 超ワールドサッカー!
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Gardenia クチナシ Gardeniaの英語の花言葉は、 「I’m so happy(とても幸せです)」「Transport of Joy(喜びを運ぶ)」です。 「とても幸せです」という花言葉は、男性がダンスパーティーに女性を誘う際にクチナシの花を贈る習慣から来ています。そして、贈られた女性の喜びを表す言葉として使われます。 「喜びを運ぶ」という花言葉は、クチナシの花の甘い香りが風に乗って運ばれる様子から、喜びを運ぶ、幸せを運ぶという意味で使われるようになったそうです。 Gardenia「クチナシ」の香りの香水を購入したことがあります。 香水のメーカーは、 キャスウエル・マッセイ (Caswell-Massey)というブランドでした。 ※ CASWELL-MASSEY®キャスウェル・マッセイ公式サイト – CASWELL-MASSEY®︎ 「キャスウエル・マッセイ」は、250年以上の歴史を重ねるアメリカで最も歴史あるフレグランスブランドのようです。 スコットランド生まれの薬剤師である、ウィリアム・ハンターが、ニューポートで設立しました。 1752年の創業以来、ジョージ・ワシントンやジョン・F・ケネディなど数々の歴史上の人物が愛用してきたことでも知られ、ラグジュアリーなライフスタイルを定義してきました。 キャスウエル・マッセイは、 NYボタニカルガーデンと協力し、栽培された花から開発された香水に仕上げられました。 ニューヨーク・ボタニカル・ガーデンのマスターガーデナーと著名な調香師ローラン・ル・ゲルネックとの創造的なコラボレーションにより、キャスウェル・マッセイは、同園のイーニッド・A・ハウプト温室に咲く、生きたクチナシの本物の香りを再考しました。 早春に開花するクチナシの花の繊細な色とほのかな香りには人を惹きつける魅力があり、訪問者が集まる庭園内で最も人気のあるスポットの 1 つだそうです。 ニューヨーク・ボタニカル・ガーデンで自生するリビングフローラル(生きた花)から香り分子を捉える技術を使用し、開発されたフレグランスコレクションです。 この技術により、花を傷つけたり収穫したりすることなく、サステナブルな(持続可能な)資源を使用して、「自然と同一の」香り分子を再現可能です。
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DIVA 女神 「diva」は、元々イタリア語で「女神」を意味する言葉で、英語では「歌姫」や「プリマドンナ」という意味で使われるようになりました。また、転じて、カリスマ性のある女性や、周囲を魅了するような存在を指す言葉としても使われます。 イタリアの総合陶磁器メーカー、ジノリ1735(GINORI1735)は、2024年にDIVAコレクションを発表しました。DIVAは、躍動感・洗練・フェミニンを表現しています。 ※ Discover Diva: porcelain with elegant lines | Ginori 1735 ジノリは、1735年にトスカーナ大公国のカルロ・ジノリ侯爵 (Carlo Ginori) が自領であるドッチア(フィレンツェ県、セスト・フィオレンティーノの一部)に磁器窯を開き創業しました。 当時マヨリカ陶器全盛のイタリアにおいて、マイセンやウィーン窯に対抗すべく、鉱物学に造詣が深かったジノリ侯爵は自ら原料土を捜したり、ペーストの生成や発色等の磁器の研究を行い、イタリア初の白磁を完成させました。 開窯当初はマイセンのような豪華で精緻な芸術作品に力が注がれていました。その為、初期のジノリは、マイセンの影響を受け、装飾性の高い芸術作品を多く制作していました。 1896年、ミラノのリチャード製陶社と合併して、リチャードジノリ(RICHARD-GINORI)となります。1956年、ラヴェーノのイタリア陶磁器会社と合併し、イタリア最大の陶磁器メーカーとなりました。 ジノリ最古の代表作で、1700年代から作られている「ベッキオホワイト」は不変の定番として親しまれています。また、1760年頃にトスカーナのとある貴族の為に造られた「イタリアンフルーツ」は現在でも新鮮さに満ちあふれ、不朽の名作として愛されています。 この2つは、日本でも、よく見かけるので、人気があるのではないかと思います。 私が、「ジノリ」というブランドをハッキリと認識したのは、ミラノで路面店を訪れたときでした。卸売りかしらと思えるくらい、雑多に商品の箱が積み上げられている店内で、ディスプレイもほとんどされておらず、お店の方もあまり商品を売りたがっている様子ではありませんでした。 ミラノの大聖堂デュオモの向かえにあるデパートでは、家庭用のジノリの食器が多数売られていました。それまで見たこ...
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The Peasant Dance 『農民の踊り』 フランドルの画家ピーテル・ブリューゲルが1568年頃に描いた絵画です。 ※ 作者 ピーテル・ブリューゲル 製作年 1568年頃 種類 油彩、板 寸法 114 cm × 164 cm (45 in × 65 in) 所蔵   Kunsthistorisches Museum - KHM.at   美術史美術館、ウィーン フランドルの農村におけるケルメスと呼ばれる縁日の様子が描かれていて、風俗画に分類されます。 奧行きを出すための遠近法が用いられていることや、大型の人物が描き入れられていることなどから、ブリューゲルの晩年に描かれたものと考えられています。 16世紀のフランドル地方の農村を舞台に、祭りを楽しむ農民たちの姿、踊る人々、飲食する人々、そして背景には教会が描かれています。ブリューゲルは、農民の生活をありのままに描くことで、当時の社会風俗や宗教観を反映させました。 村の道で4人ほどの男女が、バグパイプの演奏に合わせて、ペアになって踊っています。画面の右端には、1人の老爺が女性の手を引きながら、踊りに参加するために走り込んできた様子が描かれています。老爺の帽子には、スプーンが装着されています。 画面の左側には、居酒屋の前に持ち出されたテーブルが描かれており、その周りには村民の他に、バグパイプの演奏者が集っています。バグパイプを演奏している太った男性は、指をパイプの穴に正確なポジションに添えており、頬を大きく膨らませています。バグパイプは、極めて正確に描かれています。テーブルの上には、バターやパン、水差しなどが描かれています。 バグパイプ奏者の手前には、小さな子どもに踊りを教えている老女の姿が描かれています。バグパイプ奏者の後方には、素焼きのジョッキを手にしている男性客がビールを勧めている様子が描かれています。帽子で目が隠れている盲人の他に、手を前に差し出している男性は、物乞いであると思われます。 キスを交わす恋人たちや、左右で色が異なる衣服を身につけた道化の他に、家の中から女性を引っ張り出そうとしている人物などが描かれています。 画面中央左に描かれた農家の2階の窓からは、赤い「ケルメスの聖旗」が垂れ下げられていますが、この旗は、縁日の賑わいの中で、宗教的な意味合いを忘れ、浮かれ騒ぐ農民たちを象徴...
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De Nachtwacht 『夜警』 ※ 作者 レンブラント・ファン・レイン 製作年 1642年 種類 キャンバスに油彩 寸法 363 cm × 437 cm (143 in × 172 in) 所蔵   Rijksmuseum Amsterdam, home of Dutch master pieces 、 アムステルダム国立美術館 オランダの17世紀の画家、レンブラント・ファン・レインにより、1642年に描かれた作品です。 レンブラントの光と影を巧みに用いた独特の表現技法で、豪華な装飾を身につけた中心人物が際立たされているのは誰なのだろう 、 『夜警』という題名から、当時のオランダの警官の姿を描いているのだろうと理解していました。 こちらは、フランス・バニング・コック隊長率いる火縄銃組合の市民自警団の集団肖像画で、市民自警団の活動を生き生きと描いた傑作として知られています。 通称の『夜警』は長い間、この絵画の内容によく合ったものと考えられてきましたが、これは絵画の表面が茶色く変色したことによる誤解です。実は、この絵画は昼の情景を描いています。  バニング・コック家に保管されていたこの絵画のための素描には、横に以下のような記述があり、より適切な題名の手掛かりになっています。 「(隊長の若きプルメレント領主(バニング・コック)が副隊長のフラールディンゲン領主(ファン・ラウテンブルフ)に市民隊の行進を命令する)」 オランダの市民自警団(Schutterij)は、15世紀後半から17世紀にかけて、オランダの歴史と文化に深く根ざした存在であり、都市の安全と市民生活を支える重要な役割を果たしました。 市民自警団は、特定の職業ギルドに属するのではなく、様々な職業の市民によって構成されていて、聖ゲオルギウスや聖セバスティアヌスなど、武器に関連する聖人を守護聖人としていました。 聖ゲオルギウス(St. George)は、 ドラゴンを退治したことで有名で、聖セバスティアヌス(St. Sebastian)は、矢で射られた姿で描かれることが多いです。 その起源は中世に遡り、都市の自治権確立と深く関わっています。都市の住民は、外部からの侵略や内乱に備え、自ら武器を取り、訓練を積む必要がありました。 16世紀のネーデルラント独立戦争(80年戦争)の時期には、市民自警...