Wars of the Roses
薔薇戦争
日本でも人気のある薔薇ですが、国花として薔薇を採用しているイギリスでは、戦争の名前にまで登場してきます。
薔薇(バラ)戦争とは、15世紀、百年戦争(1337年から1453年にかけて、イングランドとフランスの間で断続的に続いた戦争)終戦後に発生したイングランド中世封建諸侯による内乱で、実状としては百年戦争の敗戦責任の押し付け合いが次代のイングランド王朝の執権争いへと発展したものと言えます。
また、フランスのノルマンディー公ギヨーム2世がイングランドを征服したノルマン・コンクエストの後、アンジュー帝国を築いたプランタジネット家の男系傍流であるランカスター家とヨーク家の、30年に及ぶ権力闘争でもあります。
最終的にはランカスター家の女系の血筋を引くテューダー家のヘンリー7世が武力でヨーク家を倒し、ヨーク家のエリザベス王女と結婚してテューダー朝を開きました。
ランカスター家を支持する者が赤バラを摘み取り、ヨーク家を支持する者が白バラを摘み取って両家が袂を分かちあった為、この戦争はバラ戦争と呼ばれています。
ヘンリー・チューダーはヘンリー7世として即位し、両家の和解の印に赤バラと白バラを重ねた図柄をチューダーローズとしてチューダー王朝の紋章とします。
ランカスター家の赤いバラは「ロサ・ガリカ・オフィキナリス」で、エミールガレの作品にも使われたバラと同じ品種になります。オールドローズ最古の系統です。
「燃えるように赤いばら」と古くから栽培の記録が残る系統で、その歴史は約2000年前、古代ローマの時代にまでさかのぼります。ヨーロッパを代表する原種といえ、赤ばらの祖としても重要な系統です。
この原種がよく見られたフランス南部の地方を、古くはガリア地方と呼んでいたことからガリカ・ローズの名が生まれました。
ヨーク家の白いバラは、「ロサ・アルバ」だと言われています。聖母マリアがヴェールをかけたばらは白いばらになったという伝説も残る神秘のバラです。
生粋の原種ではなく交雑で生じたものと推定されています。交配親はロサ・ガリカとロサ・アルウェンシス、またはロサ・ダマスケナとロサ・カニナの交雑で生じたなど諸説あります。
はっきりとした記録はルネッサンス時代の名画「ヴィーナスの誕生」などに見られ、画面に描かれた白いばらはアルバセミプレナではないかと推測されています。
現在においてもアルバローズはその清らかな花容や爽やかな香り、青みを帯びた葉など、その独特の個性で多くのばら愛好家たちを魅了しています。
チューダー王朝の紋章のチューダーローズという名前の生きたバラは存在しませんが、「ヨーク・アンド・ランカスター」という、ダマスク系のバラが、ひとつの花に赤色と白色で、それに近いバラとして存在します。
ダマスクの名はシリアの首都ダマスカスにちなむとされ、また古代ギリシアのヘロドトス(BC485頃~)が「他のばらに優る芳香を放つばら」として記述を残していることなどからも、栽培の歴史は相当古いものであることが推測されます。
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