Café
カフェ
西暦8 0 0~9 0 0年頃のエチオピアに、ヤギ飼いのカルディという少年がいました。いつものようにヤギの群れを連れていると、ヤギたちは茂みに入って赤い小さな実をかじり、元気いっぱいに踊りはじめました。
次の日も同じことが起こりました。好奇心をそそられたカルディは、キラキラと光る深緑色の葉を噛んだ後、ほんのり甘い実とその中の種を食べてみました。みるみる元気が湧いてきたカルディは、思わずヤギたちと一緒に踊りはじめました。
その様子を眺めていた僧侶はカルディから赤い実の話を聞き、実をいくつか摘んで修道院に持ち帰りました。そして、その実を砕いて粉末にし、熱い湯に溶いて飲んでみたところ、長い夜のお祈りの間いつもより元気なことに気がつきました。そこで、他の僧侶にもこれを飲ませました。僧侶たちは、エネルギーを生み出し、集中力を高めるこの実を「神の贈り物」と称えました。
エチオピアからアラビア半島の南端にあるイエメンとの交易によって、コーヒーも広がっていきました。1400年代後半、イエメンでは、コーヒー豆が焙煎された状態で煮出され、「カフワ」(”眠りを防ぐもの”という意味)と呼ばれる飲み物が作られました。
これは、アラビア語でコーヒーを意味する言葉であり、コーヒーの英語の「coffee」やフランス語の「café」の語源となった言葉です。古代アラビア語では「ワインや香りのするお酒」を意味し、お酒が禁じられていたイスラム文化圏で、その代用品として飲まれるようになりました。
※コーヒーの歴史。コーヒー文化がヨーロッパに根づくまで|スターバックス コーヒー ジャパン
1505年、コーヒーの木がイエメンからセイロン(現在のスリランカ)へ伝播したとされていますが、スリランカで本格的なコーヒー栽培が行われるようになったのは、1658年にオランダ東インド会社が苗木を持ち込んでからという説が一般的です。
1536年、コーヒー豆はオスマン帝国(現在のトルコ)の重要な輸出品となり、1555年、オスマン帝国のイエメン総督が、コーヒー豆をコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)に紹介しました。
世界最初のコーヒーハウスは、この時代にコンスタンチノープルで誕生。トルコの法律では、夫が妻に十分なコーヒーを与えることができなければ、妻は離婚を求められると定められていました。これほどまでに、コーヒーはトルコで重要な飲み物だったのです。
16世紀から17世紀(1500-1600年代)はいわゆる大航海時代。商人による交易が行れる過程で、コーヒーを飲む文化は1602年にイタリア・ローマへ伝わります。
ウィーンでは、最初のカフェができたのは17世紀後半。オスマントルコからもたらされた苦い黒いスープに、砂糖やミルクを加えて味わいを広げたウィーンのコーヒーは皇族から市民にまで広く愛され、独自のカフェ文化が育まれていきました。
パリでは、1669年、在パリ・トルコ大使がルイ14世の王宮にコーヒーを紹介し、貴族たちの注目を集めます。1686年には、今も営業を続ける伝説的なカフェ プロコップがパリで開店しました。当時、フランス人は自分たちのコーヒー生産を慎重に守っていました。
ところが、1727年、南米のコーヒー生産地域ギアナに派遣された、ポルトガル陸軍将校パリエッタが、フランス領ギアナ総督夫人を誘惑したことが、コーヒーの歴史に思わぬ影響を与えます。別れ際に夫人は特別な愛情の証として、結実能力のあるコーヒーの種を隠した花束をパリエッタに渡したのです。パリエッタが、駐在地ブラジルに持ち帰ったこの種が、世界最大量のコーヒー生産国のコーヒーのはじまりとなりました。
18世紀から19世紀にかけて、宣教師、旅人、商人、入植者は新しい土地へとコーヒーの種を運び続けました。それぞれの土地で、それぞれのコーヒーの入れ方が生まれました。
現在、コーヒーは世界70カ国以上、赤道周辺の「コーヒーベルト」で生産され、生産量トップはブラジル、次いでベトナム、インドネシア、コロンビアなどが主な生産国です。
※ブラジル「カフェジーニョ」
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