Eisenach

アイゼナハ


ドイツ連邦共和国の都市で、テューリンゲン州に属します。音楽家、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの出生地としても知られ、同都市のヴァルトブルク城は、ユネスコの世界遺産に登録されています。


ネッセ川とヘーゼル川の合流地付近に位置し、古くより交通の要所でした。現在も、フランクフルト・アム・マインとライプツィヒを結ぶ鉄道網・アウトバーン網の中継地点に位置しています。街の背後には、テューリンゲンの森(テューリンガーヴァルト)と称される山岳地帯が広がります。

アイゼナハには、工業都市としての顔もあり、旧東ドイツ時代には、高級車ヴァルトブルクの生産地であり、東西ドイツの統一後は、オペル社の自動車工場が置かれています。街には自動車博物館があり、こうした歴史を知ることができます。

1067年、当時「王の道」と称された街道沿いに、ヴァルトブルク城が建てられました。13世紀初頭、この城の「歌人の広間」でミンネジンガー(吟遊詩人)による歌合戦が行われたとされ、リヒャルト・ヴァーグナーのオペラ「タンホイザー」の題材にもなっています。

歴史上、アイゼナハは宗教改革の推進者マルティン・ルターと関係が深いです。1521年のヴォルムス帝国議会の決定により帝国追放となったルターは、ザクセン選帝侯フリードリヒの保護を受け、ヴァルトブルク城で新約聖書のドイツ語訳を行いました。

1685年、この地でJ. S. バッハが生まれました。彼はリューネブルクに移り住むまで、少年期をアイゼナハで過ごしていました。現在も、J. S. バッハの実際の生家ではないが、バッハ一族が過ごしていた家が保存されています。


いまや「音楽の父」と呼ばれるヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)ですが、没後は忘れ去られていたところ、メンデルスゾーンによって「発掘」され、世間で再評価されるようになったのは、彼の作曲技法が伝統的な音楽の集大成を作り、新しい音楽の扉も開いたからだと言われています。

また、ベートーヴェンからは、「彼は小川(ドイツ語でBach)ではなく、大海(Meer)と呼ばれるべきだ」と語ったように、高く評価されていました。 

Eisenachアイゼナハ、Bachバッハと似たような語尾です。Eisenとは、ドイツ語で「鉄」のことであり、「頑丈で力強い」イメージと重なります。Bachの「小川」は、「小川のせせらぎ」と言われるように、適度な音量とリズムを保ち続ける自然の穏やかな音として知られています。

実際、テューリンゲンの森には、豊かな自然を流れる小川が数多くあり、特に有名なのは、アイゼナハ近郊にある「ドラッヘンシュルフト(ドラゴンの峡谷)」を流れる小川と、ランナーシュタイク沿いにあるスピッター川です。 

アイゼナハに行くと、豊かな自然に囲まれながらも、穏やかで静かな時の流れを感じ、バッハという偉大な作曲家を生んだ街であることが分かります。


コメント

このブログの人気の投稿