Persia ペルシャ 第78回 正倉院展 - 奈良国立博物館 古代日本の「大和(やまと)」と「ペルシャ(現在のイラン)」の間には、奈良時代(8世紀)を中心に驚くほど深い直接・間接の交流史がありました。 近年の考古学的発見や古文書により、当時シルクロードの終着点であった平城京(奈良)にペルシャ人が実際に暮らし、役人として働いていたことが証明されています。 2016年、奈良文化財研究所の赤外線調査により、平城宮跡から出土した765年の木簡に「破斯清通(はしのきよみち)」という役人の名前が書かれていたことが判明しました。 これは、 大和の都でペルシャ人が役人として働いていた」という決定的な証拠となりました。 「破斯(はし)」は当時の中国(唐)でのペルシャの呼び名「波斯」を指します。 日本の正史『続日本紀』には、736年に聖武天皇のもとへ帰国した遣唐使(中臣名代ら)が、「李密翳(りみつえい)」というペルシャ人を伴って大和にやってきたことが記されています。 聖武天皇は彼らを朝廷に迎え、李密翳に対して位(位階)を授けました。破斯清通と李密翳が同一人物、あるいは師弟関係であった可能性なども研究されています。 さらに遡る7世紀(飛鳥時代)、ササン朝ペルシャがイスラム勢力によって滅亡した(651年)直後の時期にも、「乾豆波斯達阿(けんずはしたつあ / ダーラーイ)」というペルシャ人とみられる人物が、トカラ国(中央アジア)の使節団の一員として大和朝廷(斉明天皇の時代)に訪れた記録があります。 奈良の東大寺・正倉院には、ササン朝ペルシャで作られたとされる「白瑠璃碗(カットグラスの器)」や、ペルシャ由来のデザインが施された楽器・絨毯などが今も当時の姿のまま美しく保管されています。 これらはシルクロードを通じ、大和の貴族や皇族にとって最高級のステータスシンボルとして珍重されていました。 今年、 正倉院展は、 古都・奈良の秋の風物詩、正倉院展。およそ1300年もの時を超えて守り伝えられた珠玉の宝物に出会えるこの展覧会は、第1回展が開催された昭和21年から80年を迎えます。 過去3度は東京で開催されたそうで、今年は、 奈良で、 11月9日 (月)までやってます。