Salzburg
ザルツブルク
ザルツブルクは、オーストリア中北部の都市で、音楽の天才と呼ばれる、モーツァルトが誕生した都市として有名です。
都市名の語源として、ザルツは「塩」、ブルクは「砦」の意味です。
中世〜18世紀、ザルツブルグから15kmほど南のバート・デュルンベルクで産出される岩塩をハライン 市において製塩し、大司教から特権を与えられたラウフェンの船乗りたちがハラインからザルツァッハ川を通じてヨーロッパ各地に送っていたと言われています。
1756年のモーツァルト誕生当時も、周辺の岩塩鉱と塩の交易で得た莫大な富が大司教の統治する街を支えていました。
ザルツブルクは、町の中心を南から北に流れる清流ザルツァッハ川の西側に位置し、ツェントルムと呼ばれる旧市街と、川の東側に位置する新市街とに分かれます。そして、町のほとんどどこからでも見える南の高台にはホーエンザルツブルク城があります。
ザルツブルク周辺には、市街地からすぐアクセスできるメンヒスベルクの森や、豊かな自然が広がるザルツカンマーグート地方の美しい森林・湖水地帯があります。
鳥刺しのパパゲーノ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-91)の『魔笛』より
ザルツブルグで生まれたモーツァルトは、『魔笛』というオペラを生涯の最後に完成させました。
舞台は、時代不詳のエジプトで、正確には、漠然と「ラムセスの時代」と書かれています。
登場人物としては、ザラストロの神官、夜の女王、王子、王女、鳥刺し、老女、奴隷、侍女など。
物語は王子によるお姫様の救出劇の形で始まりますが、途中で善玉と悪玉が入れ替わります。夜の女王の国と、ザラストロの国とでは善悪見方が相反するもので、全て相対的な世界であるといった哲学のようです。
古代エジプトのラムセス時代(新王国時代・第19〜20王朝、紀元前13世紀〜紀元前11世紀)では、塩(特にナトロンと呼ばれる天然の炭酸ナトリウム類)は金や穀物にも匹敵する極めて貴重な資源で、主にナイル・デルタ西方のワディ・エル・ナトロン(天然の塩湖が集まる地形)などで採掘されていました。
ラムセス時代の王や貴族のミイラ(不老不死の信仰)を作る際、遺体の水分を完全に抜いて乾燥させるために、大量のナトロン(塩)が不可欠でした。
また、乾燥地帯ゆえに、ナイル川で獲れた魚や鳥を長期保存するための「塩蔵(塩漬け)」技術が発達しました。
さらに、医学的な消毒薬、香料、衣服の洗浄、ガラスや亜麻布の製造にも塩がフル活用されていました。
なぜ、モーツァルトが古代エジプトをテーマにしたオペラを作成したのか不思議です。
しかし、16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパでは、古代エジプトのミイラを砕いた粉末「ミイラ食い」が万能薬として医師によって処方され、広く信じられていました。
17世紀のヨーロッパでは、乾燥した気候や教会の地下聖堂(クリプト)などの環境により、自然にまたは人工的にミイラ化した貴族や聖職者の遺体が数多く残されています。
もしかしたら、このようなモーツァルトが活躍した、このような時代背景も関係しているのかもしれないなと思います。
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