Die Orchestermusiker 『オーケストラ席の音楽家たち』 1870-72年頃(1874-76年加筆)、フランス印象派の巨匠エドガー・ドガが手がけたオペラを画題とした作品の代表的な作例です。 ※ Home | Städel Museum ドイツ、フランクフルト シュテーデル美術館 1階近代美術館 第4室展示 寸法 63.6 x 49 cm 材質と技法 油彩・カンヴァス 収蔵 1912年 ドガの父はアマチュアの音楽家で、週末に友人のオーケストラメンバーを招いていたので、ドガ自身、幼少から音楽に触れる機会も多かったが、ファゴット(木管楽器のひとつ)奏者デジレ・ディオとの交友によって、1860年代後半からオペラや舞台の雰囲気に強い興味を示すようになり、本作はその頃に描かれた作品のひとつです。 ドガはこの絵画において、バレエダンサーたちを管弦楽団の音楽家の視点から描いています。 この構図は、徐々に修正を重ねた結果で、1872年に描き始めたこの作品の形式を、1874年から1876年にかけて、ドガはカンヴァスを切り取ってつなぎ合わせるという手法で変更しました。 これにより、元々の横長の形式が肖像画へと変化し、音楽とダンスが同等に存在することが実現されました。 シュテーデル美術館は、フランクフルトの銀行家ヨハン・フリードリヒ・シュテーデル(ドイツ語版) (Johann Friedrich Städel) の遺言により設立され、フランクフルトの中心街から少し離れたマイン川沿いにあります。 こじんまりとした美術館ですが、有名な画家のコレクションも多く、街の喧騒から離れているため、静かでゆっくりと鑑賞できると思います。
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Der Ring des Nibelungen 『ニーベルングの指環』 19世紀のドイツの作曲家、リヒャルト・ワーグナーの書いた楽劇です。 ワーグナー35歳の1848年から61歳の1874年にかけて作曲されました。4部作で構成され、上演に約15時間を要する為、少なくとも4日を必要とする長大な作品です。 4日間の内訳は以下の通りです。 序夜 『ラインの黄金』(Das Rheingold):2時間40分 第1日 『ワルキューレ』(Die Walküre):3時間50分 第2日 『ジークフリート』(Siegfried):4時間 第3日 『神々の黄昏』(Götterdämmerung):4時間30分 四部作はそれぞれ独立した性格を持ち、単独上演が可能である。そのなかで『ワルキューレ』は、もっとも人気が高く、上演機会も多いようです。 物語は、『エッダ』、『ヴォルスンガ・サガ』など北欧神話の物語を軸にしつつドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』を始めとするドイツ英雄伝説や、ワーグナー独自の重層的・多義的な世界が構築されています。 直接引用されてはいないがギリシア神話の影響も多分に見られます。 なお、ニーベルングとは、ゲルマン神話に登場する小人族または、その宝(黄金や指環)を所有する者を指します。 序夜 『ラインの黄金』で、ニーベルング族の小人が、ライン川の乙女たちから、ライン川底にある黄金を奪い、指環を作ります。 川底にある黄金で作った指環を所有する者は権力を掌握することができ、指環は、愛を断念することと引き替えに作ることができるのです。 ワルキューレとは、作品中に登場する、ヴォータン( 神々の長) の9人の娘の事を言い、題名は、 エルダ(智の神)との間の娘 のブリュンヒルデ、ひとりを指しています。 ワルキューレは、馬に乗って天空を駆け、戦場(Wal)で死者の中から、屈強な勇士を選び( küren)、神々の城ヴァルハルへ運ぶのが務めです。運ばれてきた戦士たちは再生され、ヴァルハルを守ります。 『ワルキューレ』(Die Walküre) 第1幕 - 嵐の夜、フンディング(人間、部族の長)の館にジークムント(ヴォータンと人間女性の間の息子)があらわれる。 彼とフンディングの妻ジークリンデ(ヴォータンと人間女性の間の娘)はお互いに惹かれあう。 やがてフンディングが帰宅し、フン...
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Liberty リバティ 7月4日は、1776年フィラデルフィア(ペンシルベニア植民地)で、アメリカ13植民地がイギリスからの独立を宣言し、アメリカ独立記念日となりました。 トーマス・ジェファーソンによって起草された、アメリカ独立宣言の文書の中にある有名な言葉で、 ” All men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.” 「すべての人間は平等に造られ、創造主によって、生命、自由、幸福の追求を含む不可譲の権利を与えられている。」 という一節があり、この言葉は、アメリカ独立革命の理論的根拠となり、後の思想にも大きな影響を与えました。 アメリカ独立宣言で保障されている3つの権利: Life, Liberty and the pursuit of Happiness(生命、自由、幸福の追求) これらは、具体的に保障されるべき権利として挙げられています。特に「幸福の追求」という言葉は、当時の思想家ジョン・ロックの「生命、自由、財産」という考え方から影響を受けています。 「Liberty」と聞くと、イギリスの老舗百貨店リバティ・ロンドンも思い出します。 その建物は、テューダー朝の建物で、シェークスピアの物語にも登場してきてもおかしくないかのような雰囲気で、現在も存在しています。 リバティ社が展開するテキスタイルブランド、およびそのブランドの生地、特に、リバティプリントと呼ばれる小花柄のプリント生地が日本でも人気です。 リバティ社は、1875年、アーサー・リバティが、ロンドンで創業し、東洋の装飾品や美術品などを扱うお店としてスタートしました。 リバティプリントに使われる代表的な生地として、タナローンという上質な綿ローン生地があります。 これは、アーサー・リバティが、エジプトのタナ湖周辺で見つけた高品質な綿花に由来しています。 タナローンは非常に細い綿糸を使用し、特別な工程で織り上げられるため、その触り心地はシルクに匹敵するほ ど滑らかで柔らかです。横糸に100番手の糸・縦糸...
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Le Taillevent タイユヴァン ※ Le Taillevent - Paris - ミシュランガイドレストラン 以前、パリに観光に訪れたときに、ランチだけでも...と思い、こちらのレストランを予約しました。 タクシーで向かったので、場所がうろ覚え ですが、確か、賑やかなシャンゼリゼ通りから、少し小道に入ったところにあったと記憶します。 厨房に一番近い席に案内され、厨房の中の緊張感を感じながら、店内のモダンな内装と、洗練されたお料理に満足しました。ビジネスランチに利用しているビジネスマンだと思われる方々が、食後に、葉巻を吸っている姿を目にして、感服しました。 「LE TAILLEVENT(ル・タイユヴァン)」 は、1946年、フランス・パリ9区にアンドレ・ ヴリナ氏がオープンしました。 パリで最も伝統のあるレストランの1つに数えられます。その料理、サービス、そしてワインのセレクションは世代を超えて評価されており、現在パリで最も予約の難しいレストランの1つとして知られています。 店名「タイユヴァン」の由来は、中世にまでさかのぼります。1380年、フランス語で書かれた最古の料理本『ル・ヴィアンディエ』がギョーム・ティレルというグランシェフによって書かれました。 ギョーム・ティレルは、通称「タイユヴァン(Taillevent)」と呼ばれていたと言われていました。フランス語でtailleは「切る」、ventは「風」という意味です。 威勢の良い人という意味合いから「タイユヴァン(Taillevent)」=「風を切る」というあだ名で呼ばれていたということが有力視されています。 フランス料理の出発点となった、この伝説の料理人のあだ名をとり、レストラン「タイユヴァン」の名は付けられました。 その後タイユヴァンは、1973年から33年間、三ツ星レストランの座を守り続け、世界的名店の一つとして名を連ねるようになりました。 かつてモルニー公爵の私邸(19世紀)だったこの静かで親密な空間は、外界から隔絶されたような感覚をもたらします。 現在はジュリアーノ・スペランディオシェフ(以前は「ル・クラレンス」でクリストフ・ペレのスーシェフを務めていました)が厨房を率いています。 メニューは、小規模漁業で獲れたターボット、アンズタケ、夏トリュフ、「タイユヴァン伝統」のラングスティーヌのブーダ...
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Montagne Sainte-Victoire サント・ヴィクトワール山 ※ポール・セザンヌ (1839年 - 1906年 ) こちらは、フランス南部のエクス=アン=プ ロヴァンスの市街地の東、市域の南東部に位置します。 この山は、エクス=アン=プロヴァンス出身の画家、セザンヌ(1839 - 1906)の家の近くから見ることができ、彼の絵画のシリーズ(44点の油画と43点の水彩画)で取り上げられ、多くの人から慕われています。 エクス=アン=プロヴァンスは、フランスのブーシュ=デュ=ローヌ県の古都です。略称はエクス(仏: Aix)です。 プロヴァンス伯爵領の首都として古くから繁栄し、現在は学術・芸術都市としてプロヴァンス地方の観光の拠点となっています。 ラテン語のアクア(水)から転訛したエクスの名が示すとおり、街中の至る所に大小の噴水が湧き出しています。 中でもミラボー大通り(Cours Mirabeau)にあるロトンド大噴水、温泉の湧く苔むした噴水、ルネ王の噴水、マザラン地区にある4頭のイルカの噴水、旧市街の市庁舎の噴水、アルベルタの噴水など一見に値するものが多々あります。 「セザンヌのアトリエ」を訪れましたが、エクス=アン=プロヴァンスのかな賑やかな街の雰囲気とは異なって、閑静な丘の上にあり、リンゴなどの静物画を制作した場所であることがよく分かります。 ※ エクス・アン・プロヴァンス【フランスの美しい街】 – 世界の最も美しい村をめぐる 宿泊したヴィラ ガリシ ホテルも、アトリエの近くで、19世紀の邸宅を改装した、3ヘクタールの庭園に囲まれた静かな場所にあり、絵を描きたくなるセザンヌの気持ちが分かりました。 帰りがけ、マルセイユ空港に向かうタクシーの中で、運転手さんが、車窓から見える、サント・ヴィクトワール山について、説明をしていました。セザンヌと同じく、地元の人に愛されている誇り高き山なのですね...
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Nice ニース 地中海・コート・ダジュールに面する、世界的に有名なリゾート地・観光都市です。 ニースは、地中海性気候であり、一年を通じて気候は安定していて、夏はよく晴れ乾燥しており、まとまった雨が降るのは月に1、2回程度です。そのため欧州各地(から夏のバカンスに訪れる者が多く、冬も比較的温暖で気候が安定していることから、旅行者は1年中絶えません。 ※ プロムナード・デ・ザングレの魅力・地図・行き方【JTB】 ニースは、紀元前5世紀頃ギリシャ人によって建設され、紀元前2世紀頃よりケルト系の住民が定住しました。 歴史的にイタリア文化圏に属した時代が長かったため、言語・文化の面ではフランスよりイタリアに近い特徴があります。 イタリア統一運動の英雄として知られるガリバルディは、1807年、現在のフランス領ニースで生まれました。当時、ニースはサルデーニャ王国領でしたが、フランス革命の影響で一時的にフランス領となりました。 18世紀後半にはイギリス人がニースで冬を過ごすようになり、富裕なイギリス人の中には、地中海に沿った遊歩道の建設計画を提案する者もいました。 19 世紀にはヨーロッパのエリートたちの保養地となり、長年にわたって多くの芸術家たちのゆかりの地になっています。 そのひとりであるアンリ・マティスの生涯にわたる絵画コレクションは、マティス美術館に収蔵されています。マルク・シャガール美術館には、シャガールの主な宗教的な作品が展示されています。 サガンの小説『悲しみよこんにちは』では、17歳の少女セシルがコート・ダジュールの別荘で過ごす一夏が描かれています。 お天気の良い夕暮れ時に、ニースとモナコの中間に位置し、海抜420mの断崖の上にそびえ立つ、エズ村を訪れました。 高いところから 見下ろすと、 真っ青なコート・ダジュールは、 海がキラキラと輝いていて絶景でした。 海岸沿いは、「イギリス人の散歩道」(プロムナード・デ・ザングレ)があり、小石の浜として知られています。のんびりとお散歩しても気持ちが良いです。 ニースの郷土料理は、日本でもおなじみの、「ラタトゥイユ」と「ニース風サラダ」です。 海岸沿いのレストランで、アサリを使ったパスタ「ボンゴレ」を頂きましたが、美味しかったと記憶します。 日本の熱海ともどこかしら似たような雰囲気の場所です。 参考: 彩り鮮やか 野菜たっ...
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Les Génies des Arts 芸術の天才 フランスの画家、フランソワ・ブーシェ(1703-1770年)の1761年の作品です。 ※ 美術館訪問記- 589 アンジェ美術館、Angers 18世紀のロココ様式の明確な反映であり、その装飾的な活気、その繊細さ、官能的な美しさへの強調を特徴としています。 色彩は、穏やかで調和の感覚を呼び起こすパステルトーンの優位性を備えたソフトパレットを使用しています。 フランソワ・ブーシェは、ロココを代表する画家であり、上流社会の肖像画や神話画などを描きました。 多作家として知られ、生涯に千枚以上の絵画、百枚以上の版画、約一万枚の素描を制作し、壁画装飾、タピスリーや磁器の下絵制作、舞台装飾の仕事をこなしました。 こちらの作品は、フランスのアンジェ美術館のコレクションです。 アンジェ美術館は、アンジェの貴族ピエール=ルイ・エヴェイヤール・ド・リヴォワ侯爵をもとに、1801年に開館しました。 5世紀に建てられたバロック様式の美しい館バロー邸を活用しており、パリのルーヴル美術館同様フランス革命が起こった1797年以降に様々な美術品が集められた歴史ある美術館でもあります。 約3000平方メートルの展示スペースでは、14世紀以降の絵画や彫刻350点、先史時代の考古学的遺物500点を超えるコレクションを見ることが出来ます。 特にこの街の貴族リヴォワ侯爵が蒐集した一連の絵画は評価が高く、フラゴナール、ワトー、シャルダンなど美しく詩的な描写で18世紀フランス貴族を魅了したロココ美術は見応えがあります。 ロワール川流域にある、アンジェの街にある元貴族の邸宅で、お洒落な絵画のコレクションがみられます。